12月20日(日)
5年ぶりのラサに着いたのは、いいが、宿が決まっていないので、さて、宿探しへと、参りましょう。
ガイドの旅行会社が入っている、ホテルに荷物を置かせてもらい、僕が、向かった先は、5年前にも泊まった、スノーランドホテルだ。
青い看板が、懐かしい。
5年前は、ここに1ヶ月も居たんだな。
窓を見上げて、あの部屋だっただろうか?
と、感傷に浸りながら、中へと入った。
フロントには、誰もいない。
売店とネットカフェも閉まっている。
賑やかだった掲示板にも、何も貼っていない。
なんか、人が少ない。
2階へ上がる階段が、懐かしい。
5年前に出会った人たちの顔が、目に浮かんでくる。
廊下を歩き、部屋の扉を見ると、ドラマの回想シーンのように、セピア色に5年前の出来事が、思い出されてゆく。
しかし、こんなボロかったっけ!ここ。
廊下に置いてあるソファーは、ズタズタやし、部屋もベッド以外、なんも置いてないし、配置も雑やし、汚いし、寒そう。
この5年間の間に、古くなったのだろうが、手入れがされていない、感じがした。
きっと、暴動後、世界各国のバックパッカーの客足が、遠のいたのだろうか?
数人のチベット人と中国人の兄ちゃん以外、見なかったし。
そんな感じだったので、スノーランドに泊まることは、やめました。
5年前は、5年前。
すでに記憶は、セピア色。
今を楽しく、いきましょう!
ってことで、荷物が置いてあるホテルへ行き、チェックイン。
通常380元の部屋が、オフシーズンのため、100元で泊まれることになりました。
別の日に、バックパッカー宿、キレーホテル、バナクショー、ヤクホテルと見てみましたが、どこも、寂れた感じがしていました。
ペントックは、なくなっていました。
チェックインを済ました後、ガイドとスケジュールの相談。
ポタラ宮には、いつ行きますか?
ガイドが言うには、前日に報告しとかないと、いけないらしく、僕は、明日行くことを言う。
それと、明後日に行く、ガンデン・ゴンパのことや、その翌日に行く、ギャンツェやヤムドク湖について、どこに寄るのかなど、詳細を話す。
その他は、全て、ラサ観光と称し、自由行動ですが、ガイドが言うには、あなたのスケジュールは、空きがありすぎるらしいので、ノルブリンカ、セラ・ゴンパと行くことにした。
本日のガイドの仕事は、ここまでで、僕は一人、ラサの街へ。
ラサ滞在中、ずっとガイドに監視されるかもと、思っていましたが、そんなことはなく、良かったです。
ずっと一緒だったら、逃げてますが。。。
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左:ラサでの宿
上:トゥクパとバター茶
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ジョカン前の通り、丹烈林路は、ゲストハウスや商店が建ち並ぶ、活気溢れる通り。
そんな通りには、銃を携え、武装した兵士達が、住民を監視している。
また、4人以上で、列をなし、巡回もしている。
5年前には、見なかった光景に、戸惑いがありますが、ジョカンを少し見た後、どこかでお昼ご飯を食べようと、街をブラブラ。
チベット式のレストランへ行き、ラサ初の食事は、トゥクパ(5元)とバター茶(6元)。
トゥクパは、中国風で言えば、牛肉面。
ここでは、牛肉じゃなく、ヤク肉です。
バター茶は、5年のブランクがあったので、飲めるか心配でしたが、2杯も飲めました。
寒いので、熱いバター茶が、美味しかった。
でも、こんだけの量で充分。
自ら進んで、飲もうとは、もう思わない。
さぁ、お腹も満たしたし、ちょっと、ポタラ宮へ行ってみましょう。
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