マンダレーへ

     午後5時30分に出発するバスは、乗客が全員乗車したため、予定より30分早い、午後5時にヤンゴンの長距離バスターミナルを出発し、ミャンマー第2の都市、マンダレーへと向かって走りだした。

     1時間ほど走った、6時頃に1回目の休憩があった。
    すでにヤンゴンの都会の面影は全くなく、更地のようなだだっ広い場所へ、バスは止まった。
    僕は、眠っていたが起きて、ミャンマーのコーラ“スターコーラ”を1本飲んだ。
    値段は150ks(約18円)。町中よりも50ks(約6円)ほど高い。
    再び、バスは走り出し、いくつかの小さな街を通過。

    まだ夜の8時だというのに、いくつかの小さな街は、男達が酒を飲み、盛り上がっていた。
    すれ違う車は、木材を運んでいるトラックや、牛車が多い。
    道路沿いの民家は、明かりが灯っている家は少なく、ロウソクやたき火をしている家もチラホラ。
    道路は悪路ではないが、眠たいはずなのに、僕はなかなか寝付けずにいた。

     ミャンマーの夜は、僕が思っていたよりも寒く、今はジャンパーを着ている。
    「まさかこんな物が、東南アジアで役に立つなんて。」
    バスの窓から、夜空を見上げると、満天の星空が夜空一面に広がっていた。とてもキレイだ。
    僕は、こんなキレイな星空を見たのは、久しぶりだ。
    ベトナムのニャ・チャンへ行くバスで見た以来だろうか。
    あのバスに比べると、今回のバスはかなり良いな。
    なんてこと思い出しながら、日本では、なかなか見ることが出来ない、満天の星達を眺めていると、僕は、やっと眠っていた。

     2回目の休憩は、眠っていたところ目が覚めたばかりだったので降りなかった。

    まだ夜も明けていない午前5時、3回目の休憩だ。
    ミャンマーの人々は、食堂兼売店の外にある洗面所へ行き、歯磨きをしたり、顔を洗ったりしている。
    僕はトイレに行ったが、あまりにもすごい悪臭のため、出る物も出ずに退散。

    再びバスは発車した。それから約2時間後、だいぶ道が悪くなってきたのでしょうか?
    バスが、あっちこっちに揺れている。そんな揺れに僕は目が覚めた。
    外はもうすっかり朝になっていた。朝焼けのイナカの村の風景が、すっごい素敵だったので、また休憩ないかな?と思っていましたが、休憩はなく、
    午前9時、マンダレーの長距離バスターミナルに到着。

    (上)マンダレー王宮
    (下)シュエナンドー僧院の壁


     16時間の移動を終え、僕はリュックを背負って、バスを降りた。
    目の前には、ゲストハウスのプラカードを持った、兄ちゃん達がたくさんいます。
    僕は、行きたいゲストハウスは特にないので、たまたま僕の目の前にいた兄ちゃんに、「1泊いくらと?」と値段を聞くと、1泊=5USドルだったので、そこに行くことにした。
    移動は相乗りタクシーで1,500ksでした。

     『ガーデン・ホテル』に到着し、5USドルの部屋を見せてもらう。
    けっこうキレイでいいじゃございませんか。ここにしようかな。とその時、ホテルのスタッフが、「今、12USドルの部屋が、7USドルなんです。」と言う。
    なんで7USドルなのかは解りませんが、部屋を見せてもらうと、5USドルの部屋より、当然だがキレイ。
    それに、テレビと冷蔵庫があります。これって、テレビを見ながら、冷たいビールが飲めるってこと?
    2USドルの差で、小さな幸せが買えると思い、ここにチェック・イン!

     まだ時間は午前11時なので部屋にいるのも惜しいと思い、僕はマンダレー散策に出発。
    マンダレーの観光地の王宮やシュエナンドー僧院、そしてマンダレー・ヒルへ。

    マンダレー・ヒルへ向かう途中に、ちょっとしたアクシデント発生。
    入口の前で兄ちゃん達が、空中サッカー(蹴まり)をしているところに遭遇し、僕も参加することになった。
    ミャンマーでは、蹴まりをしている人たちが多いです。
    素通りするつもりでいたのですが、「おっ、兄ちゃん!あんたもやらんか?」と誘われたので、しゃーないな。俺の実力を見せてやる!と意気込んで、参加した。
    特に難しくはない。来た球を蹴るだけだ。
    しかし、かっこよく球を返そうとしたが、日頃の運動不足の成果が発揮され、”グキッ!”やっちゃいました。足が、膝が・・・・こんなところでケガするなんて。
    兄ちゃん達にばれないように、その場を後にしたが、かなり痛い。

    マンダレー時計塔

    足が痛いけど、せっかく来たので、無理をして、マンダレー・ヒルを登る。
    景色は、まぁーこんなもんやろ。と言う感じ。予想通りです。
    これで一応、見ようと思っていた観光地には行ったので、サイカーでゲストハウスへ帰った。

     部屋でラムソーダを飲みながら、テレビでも見ようと思い、テレビを付けると、映らない。
    コンセントが入っていないようなので、コンセントを見てみると、コンセントは1つしかありません。
    ってことは、テレビか冷蔵庫のどちらかしか使えないってこと?
    僕はぬるいラムソーダを冷蔵庫に入れることにして、テレビは諦めた。


    *マンダレーのレート
    1USドル=1000ks〜1200ks
    1FEC=600ks〜800ks




    運命の人?〜ミングォンにて〜

     今日は、マンダレー近郊の村、ミングォン(MINGUN)へ行った。
    ここを選んだ理由は、ガイドブックを見て、一番行きやすそうだったからです。

     ゲストハウスから、ミングォン行きの船着き場まで歩いて行き、受付の小屋で、外国人料金の船代1,000ksとミングォンの入境料3FECを払う。
    ここの船着き場は、昔のアジア映画に出てくるような感じです。
    野良犬もいるし、野良豚?までおります。
    僕は、船着き場にある屋台で、朝食の麺スープを食べたりしながら、出発を待った。

     船は定刻通り、午前9時に3隻の外国人ばかりを乗せた船が、マンダレーを出航。
    約40分ほどで、ミングォンに到着。とても巨大なミングォン・パゴダに迎え入れられるような感じだ。
    船を降りると、さっそくお土産屋のおばちゃん達が、わんさかと寄ってきます。
    僕は運悪く、一人のTシャツ売りのおばちゃんと目が合ってしまい、しつこく付きまとっている。
    ミャンマーアルファベットが書いてある、このTシャツは欲しいけど、今はいらない。
    でも、値段を聞いてみた。3USドルだそうだ。やっぱりいらない。そしたら、あっさりと2USドルになった。
    お土産屋でも値段を聞いたが、2USドル(2,000ks)だ。
    3USドルで売ってくるのは、フリーの土産屋だけだ。

    (左)ミングォン・パコダ (右)ミングォン・パゴダ頂上

     僕が最初に訪れたのは、船からも見えていた、とても巨大なミングォン・パゴダだ。
    土台のみのパゴダだが、とてつもなくなくデカイ。
    崩壊寸前のように見える、このパゴダの上まで登れるようなので、膝が腫れて痛いが、僕はサンダルを脱ぎ、登ってみることにした。

    頂上からの景色はとても良かったが、パゴダの頂上は、ボコボコでデコボコ。
    膝が痛い僕にとっては、とても歩くのが困難な所やし、ヤギのウンコだらけです。
    神聖な場所だったら、もっとキレイにしとくべきである。ゴミも多い。

     膝の痛みに耐え、やっと下に降りてきた僕は、パゴダ前にある巨大な崩れたライオン像を見た後、これまた巨大な、ミングォンの鐘を”カーーン”と叩いた。
    ミングォンって小さい村ですが、スケールがデカイもんばっかり。
    次の目的地まで歩いていると、「タナカ」と言う、ミャンマーの紫外線防止化粧品(木の粉)を売っているおばちゃんに呼び止められ、僕の顔にタナカを塗り始めた。

    このような形でタナカデビューしてしまった僕は、ミャンマーの人々に「ビューティフル!」
    なんて言われたりします。そんなこともあってか、お土産屋の人たちは、女性用ロンヂーを売ってきますが、
    「こんな体のデカイ女性はめったにおらんし、どっから見ても男やろ。」
    みんなも、そんなん分かってるけど、おもしろいからって感じで、僕の目の前に女性用ロンヂーを持ってきて、「あらっ、間違えたわ。」なんて感じで、ゲラゲラと笑っています。
    僕としては、みんなが喜んでくれれば、それで良いのです。

    (左)ミングォンの鐘 (右)牛車

     そうこうしている内に、シンピューメェというパゴダに到着。
    純白のパゴダが、青い空にとても似合っていて、パシャパシャと写真を撮った。
    とてもキレイなパゴダです。

     そろそろ船着き場まで戻らなければならないので、来た道を戻る。
    船着き場では、マンダレー行きの夜行バスで一緒だった、スイス人のマッツォ君にまた会った。
    「everytime, everytime you meet.」ほんまよく会うなぁーというか、最近は毎日どっかで会っている。
    昨日も、夕食の食堂が同じだったり。ヤンゴン最終日から毎日会ってます。

    僕は英語は得意じゃありませんが少しだけマッツォ君と会話した。
    マッツォ君:「マンダレーにはどのくらい滞在するんだ?」
        僕:「3日間で、明日はバガンへ行く。」
    マッツォ君:「俺も明日はバガンへ行くんだ。何でバガンへ行くの?」
        僕:「バスで行く」
    マッツォ君:「えっ!バスで。俺も明日バスでバガンへ行く。バス会社はどこ?」
        僕:「知らない。」
    マッツォ君:「俺も知らない。バス代はいくらだった。」
        僕:「3,100ksだった。」
    マッツォ君:「俺も3,100ksだった。」
    僕とマッツォ君は、この運命的な出会いに少々戸惑った。

    「インレー湖へは行くのか?」と聞かれたので、僕は「行かない。」と、やっと行き先が違い、ホッとする二人であったが、しかし!こんなんはまだまだ序の口です。今回の旅で、マッツォ君とは、「おい!何でやねん!」というくらい各地で会うことになろうとは、想像すらしなかった。
    マッツォ君が今回の運命の旅人になるのでしょうか?

    シンピューメェ

    この後も、二人は炎天下のもと、川沿いに座って、今後の行き先などを話した。
    午後1時ちょうどに、マンダレーへ戻る船は出発。
    僕とマッツォ君は、同じ船に乗って、マンダレーへ。

     話は変わりますが、マンダレーで僕が泊まっている部屋が安い理由が分かった。
    この部屋の隣の部屋が、工事中なのです。
    朝から夕方までは、かなりウルサイです。