バンコクから始めよう。

     
    バンコクに来て、もう一週間経った。
    さすがにこの暑さには慣れてきたが、日本の冬のまっただ中の1月に来た俺にとっては、到着した時は、この暑さに、かなりこたえた。
    暑い。とても暑い。暑くて眠れない。

     今回2003年の旅は、タイの首都、バンコクから始めようと思っています。
    バンコクは、2001年の旅で、3度も訪れた街なので、ここに到着するのには、なんのアクシデントもなかったが、ここ、あらゆる旅人が集まる、カオサンロードには、到着した時には、あまりにも現実離れした、カオサン特有の熱気というか、空気にかなり違和感を感じていた。
    「なんか違うぞ、俺?なのか、周りの人間なのか?」
    この、シックリとかみ合わない違和感は、きっと旅の最初だから感じることであるというのは、旅人にとっては、理解はできるが、こんなに日本の現実とかけ離れた場所だと感じたのは、今回、4回目のカオサンで初めてです。

     さて今回の旅は、ミャンマーと中国雲南地方がメインの予定です。
    俺は最初の目的地のミャンマーへ行くために、バンコクに来た。
    カオサンの旅行会社を数件当たり、一番安かった所で、ビザの申請と航空券の手配をした。
    ビザは980B(バーツ)、航空券はミャンマー航空で往復6100Bでした。(合計=約21,000円)
    出発日は僕が予定していた3日後の出発日は満席だったため、しかたなく7日後になってしまった。
    こういう理由で、ここバンコクに一週間も滞在しなければならなくなったのですが、旅のウォーミングアップと称し、遠出はしなかった。

    カオサンロードにて

    早速、予定が狂い、長くタイに居なければならなくなったので、バンコクを離れ、まだ行ったことのない南へ行ってみようかと、思っていましたが、この暑さと、久しぶりに、ダラっとした生活に負けてしまい、結局バンコクから離れることができなかった。
    と言うのが、まぁ本音なんですけども。
    「日本では、あくせく働き、忙しかったし、旅も始まったばかりだ。そう焦ることはない。」と自分に言い聞かせ、やっぱり、ダラダラと出発を待つことにした。

     ダラダラすると言っても、本物のぐうたらには、なれない性格なので、
    チャイナ・タウンやウィマン・メーク宮殿など、バンコクの観光地を少しですが見ましたが、結局は、このバック・パッカーのエリア、カオサンから抜け出せないでいた。
    それにしても、1年半前とは、比べ者にならないくらい、カオサン・ロードはあか抜けています。
    建物もキレイになってはいるが、なんといってもタイ人の若者が、すごく多く、目に付くようになった。

    そんな違いを発見するのも、楽しみの一つではあるけども、そろそろミャンマーのことを考えなければ。
    俺は、ゲストハウスのカフェで甘いアイスコーヒーを飲みながら、ミャンマーのガイドブックを読んでいた。
    ミャンマーはどういうルートを取ろうか?ビルマ語難しいな。なんて考えながら、ボッケーっと。
    明日は、タイを出るので、持っているタイ・バーツをドルに替えたりと、少しずつだが、出発の準備はしていた。

    エメラルド寺院夜景(バンコク)

    でも、なんか気持ちは高ぶらない。
    なんか、海外のバンコクにいるのに、明日はミャンマーに行くんだ。と言う実感が全然ない。
    あまりにも緊張感のなさに、今夜は、きっと良く眠れるだろうと思っていたが、そんなことはなかった。
    翌日の早朝5時半、僕はゆっくりと準備に取りかかった。
    結局、一睡もできなかった。

    ※B=バーツです。1B=約3円



 
    ・不一致すぎるレート

     6時頃には、すっかり準備は完了し、昨日買っておいた、菓子パンを部屋で食べた。
    朝食を食べ終わると、僕は8日ぶりにリュックを背負って、部屋を出た。
    サンダルを買った分、荷物は増えた。
    ゲストハウスの1階で残りの9Bを持って、8Bの水を購入し、
    外に面した階段に座り、まだ朝にならない空を見つめながら、タバコをふかし、水を飲んでいた。

     空が、淡い紫色から、青に変わろうとしていた午前7時前にはバンコクも朝らしくなり、やってきたピックアップ・バス(ワゴン車)に乗って、僕は空港へと向かった。
    今回、初めての移動が飛行機でしかもミャンマーだ。こういう時は、テンションが上がるものなんですが、全く、寝ていない僕は、とてもテンションが低い。
    僕は、周りの景色も見ることが無く、バスの中では寝てしまいました。

     予定より20分遅れでミャンマーの首都、ヤンゴンへ向かう飛行機は出発。
    機内で入国カードを記入し、簡単な機内食をとった。
    上空から見るミャンマーの国土は、”なにもない”と言う言葉があてはまるような景色だ。
    やがて飛行機は1時間のフライトを終え、閑散とした、ヤンゴン国際空港に到着した。
    僕は、久しぶりの未知の国に降り立ったという感動で、睡魔は吹っ飛び、ワクワクしていた。

    (左)ドンムアン空港にて (右)ヤンゴン市街

    建物の中へ入り、入国スタンプを押してもらう。
    ミャンマーには到着日を含めずに4週間(28泊29日間)滞在可能だ。
    その次ぎは、入国最大のイベント、強制両替だ。(2004年に撤廃)
    そんなん知らんかった。って感じで無視すれば、通過できそうなんですが、一応見張りのオッチャンがいる。
    僕は3週間、ミャンマーに滞在するので、これくらいは、絶対に使うであろう限度額の200USドルを両替。
    手数料で2USドル取られるので、198FECになる。
    FECはミャンマーの外国人専用の通貨(兌換券)で、1FEC=1USドルなんです。一応。
    強制両替は、200USドル以上は両替してくれないし、100USドルまでまけてもらうことが出来るようだ。
    どっちにしろ、この外貨がミャンマーの軍事政権の資金になる。

     同じ飛行機だった日本人3人と空港内で話をするようになり、俺達日本人4人は、一緒に市街まで、タクシーで行くことにした。
    空港の客引きタクシーは、1人=1USドル。値引き交渉をした結果、僕たちは4人で計3USドルでした。
    市街までの道のりは、一国の首都とは思われない、緑豊かな景色でしたが、中心部に近付くにつれて、やがて渋滞がひどくなり、クラクションが響き渡るようになった。

    ヤンゴン市内を走るバスや車は、昔日本で走っていた市内バスやどっかの企業の車が多く、表示も日本語のままなので、日本人の僕から見れば、違和感があって、見ていて楽しい。
    「徳島」「福島」「神戸」などの文字が書かれたバスが市内を走っている。
    「株式会社○○」なんて書かれている、乗用車まで走っている。

    やがて、タクシーは1軒のゲストハウスに到着した。
    僕と2人の日本人は、ここに泊まらず、タクシーを降りて徒歩で違うゲストハウスへ。
    スーレーパゴダと言う、ヤンゴンの街の中心となっている寺院の近くのゲストハウスへ行った。
    1泊=6USドルで、トイレ&水シャワー、A/Cが付いている。

    スーレーパゴダ(ヤンゴン)

     その後、俺達3人はFECをミャンマーの現地通貨Kyats(チャット)に両替するべく、両替所へと向かった。
    現在Kyats(チャット)を持っていない僕たちは、食堂でご飯を食べたり、売店で物を買うことも出来ない。
    FECを使うことが出来るのは、宿泊費、飛行機代、列車代、観光地の入場料くらいなもんです。
    公認両替所へ到着して、レートを聞いてみた。「1USドル=何チャット?」って。
    答えは1USドル=450Kyatsということらしい。
    「そんなはずはない!」と声を大にして言ったのは、takaさんだった。
    一緒にここまで来た、takaさんは以前にミャンマーに来たことがあり、そんなレートではないはずだと言う。
    公認両替所じゃ、ダメだ。闇両替を捜そう。

    そんなわけで、公認両替所を後にした僕たちですが、闇両替って違法なんちゃうん。
    やっと刺激的になってきた。と嬉しくなってきたが、ミャンマーを旅していくうちに、こんなことは、日常茶飯事になり、ここではこれが当たり前だと言うことが解った。
    僕達は、旅行会社へ行き、そこで1USドル=950Kyatsというレートだったので、takaさんが、こんなもんだろうと言ったこともあり、20USドルを両替した。
    しかしあとから、市場や道路を歩いていると、
    「チェンジ・マニー」と声をかけてきて、レートを聞くと、1USドル=1050Kyatsでした。
    あーあ、損した。このレートは頻繁に変動するらしい。

     このあまりにも一致しないレートは、なんやねん!と思いますが、
    多くの人が外貨を欲しがっているのは、確かだ。それほど自国の通貨が信用されていないということだ。
    高いレートで両替をしようと思えば、多くの人に聞いていくしかないな。

    ヤンゴンの街中にて

     やっと現地通貨を手に入れた、僕たちはミャンマー式の喫茶店(食べた分だけ払うスタイル)へ行ったり、市場へ行ったりしていた。

    ミャンマーという国。まだヤンゴンしか知りませんが、この国は東南アジアとして地理的には位置づけられていますが、他の東南アジアの国々と比べたら、異質だ。
    今まで見てきた東南アジアの国々とは違い、男女共に、ロンヂーと言う、筒状のスカートのような民族衣装を着用している。
    西洋文化や近代化が進む東南アジアで、その国の民族衣装を身につけている光景を見るのも、
    僕にとっては初めてのことで、国が変われば、文化や風俗が変わるということを目の当たりにした。
    さて、そのロンヂーの下には何かはいているのかと、オッチャンに聞いてみた。
    オッチャンは恥ずかしそうに、「何もはいていない」と言っていた。

     ヤンゴンという街。まだ少ししか、見ていませんが、とても気に入った。
    人々は素朴で、子供達は無邪気でかわいい。建物は独特の黄金のパゴダと西洋建築が混ざり合い、不思議な景観を作り上げている。今日、食べた物もおいしかったし。
    ミャンマーに来て、やっと僕の旅が始まった。


    ※ヤンゴンでのレート。
    1USドル=1050Kyats(チャット)。
    1FEC=950Kyats。
    次回からは、Kyats=ksと表記します。