バイバイ上海

     僕は昨日、宿を変えた。ドミトリーはそれなりに楽しいこともあるのですが、一人で部屋で酒飲んだり、タバコ吸ったりとしながら、ゆっくり日記を書くことも出来ない。
    いつもガヤガヤしているのでウルサイです。
    やっぱり最後は、旅の締めくくりとして、ゆっくり日記を書きたいし、感傷的にもなりたい。

     今度の宿は、旅館ですが、旅社のちょっと良い感じのところで、1泊=130元。
    これまたSARSの影響のため、ここよりも安かった宿では、宿泊拒否にも遭遇してしまいました。
    この部屋で1泊=130元は、安くはないが、上海ではこんなもんでしょう。
    昨夜も、この部屋でkei君とビールを飲んでいた。そして今日も、僕はkei君と、この宿で待ち合わせ。

     僕達が今日、行くところは上海博物館なのですが、その前に南京路のマクドで
    昨日、もらった割引券を使い、朝食。それにしても南京路にはマクドやケンタッキーが多すぎ。
    100メートルもない間隔で建っている。
    僕達は窓際の席に座って、繁華街南京路を見下ろしながら食べていた。

    「kei君、今日はネックレスしてへんの?」
    昨日、kei君は、同じ宿のタイ人青年旅行者から、誕生日プレゼントをもらっていた。
    「いやー、彼はどうも“あっち”の気があるようで、着けるのがイヤで。」
    タイ人のnickは、kei君とよく一緒に行動していたが、まさか下心があったなんて・・・
    どうやら、下心満載の彼のプレゼントはkei君のハートを射止めることが出来なかったようだ。

    南京路

     朝食を食べ終えた僕達は、人民広場から地下鉄に乗って、上海站へ。
    kei君は明日、上海を離れ成都へ。切符は、やはり、あっさりと買えた。
    そしてやっと上海博物館へ。入場料は学生のkei君は5元でしたが、僕は、一般なので20元。
    4階建ての大きな博物館なので、僕達はまず、最上階の4階から見てまわることにした。

    4階は中国少数民族の衣装などが展示されていた。
    この少数民族と言う言葉は、中国の大部分を占めている、漢民族に対して、少数だから少数民族と呼ばれている。と言うことが、なんかの本で書いてあった。
    僕が今回の旅で出会った、いくつかの民族達の衣装展示されており、少し前までいた、チベット人の服もあったので、懐かしく見ることが出来たし、苗族(ミャオ)の工芸品のすばらしさもここで知った。行きたかったなぁー、苗族の村。

    三国志の登場人物のお面があるところでは、三国志好きのkei君のハートを射止め、僕は、kei君から説明を受けながら、鑑賞する事が出来た。
    その次は、中国歴代の貨幣が展示されている。
    大昔の刀のような貨幣から、清代の貨幣まで、僕達は「これっ、教科書に載ってたよな。」
    「だいぶ薄くなってきたから、流通してきたのかな?」なんて言いながら見ていた。

    そのあと家具を見たり、古代のアクセサリーを見たりと、4階だけで、ざっと2時間もかかってしまった。
    もう二人とも、4階だけで集中力を使い切ってしまい、その後の階は、サラッと見ただけ。

     昼ご飯のラーメンライスを南京路で食べた後、ブラブラと上海を散歩。
    外灘(バンド)では、モデルの撮影もやっており、僕は人垣をかき分けてパシャっと写真を撮った。
    モデルってキレイですねー。それにしても今日は天気が良いので、浦東新区のビル群もキレイだ。
    多分、僕が上海に来て、今までで一番天気が良いのではないでしょうか?

    モデルと浦東新区

     僕の部屋に荷物を置いていたkei君と一緒に、人民広場の地下鉄の駅へ行き、僕はここでkei君と別れた。kei君はこれから、上海に住んでいる友達の所へ。
    上海の3日間は、ずっとkei君と行動していて、楽しかったです。ありがとう。

     僕にとって上海は、一度来たことがある街なので、今回はどうでもいいと最初は思っていたのですが、kei君と出会い、とても楽しく過ごすことができました。
    予想以上に、いろんな場所にも行くことが出来たし、写真もパシャ、パシャと撮った。
    最後が上海で良かったです。
    明日は朝から、空港へ行かなければならない。
    バイバイ、上海。




    旅の最終日

     最初に上海に着いたときよりも帰るのがイヤになってきたのですが、僕には、これ以上旅を続けるほど、経済的な余力は残っておらず、予定通り今日、日本へ帰ります。

    昨日は超市(スーパー)で、お土産のインスタントラーメンなどを買い込み、おかげで僕のリュックとカバンはパンパンに膨れあがっている。
    何で、こんなかさばる物ばっかり、買ってしまったのだろう?

    一人部屋に宿替えをしたおかげで、日記もゆっくりと書くことが出来たし、今回の4ヶ月の旅を振り返ったりもした。
    今度はいつ、このような旅をすることが出来るのだろうか?
    僕の事なので、また近いうちに旅立つとは思うのですが、僕はいつ旅をやめるのだろう。

    東南アジアへと旅に出てから3年。
    この探求心と言うか、好奇心と言うか、それはいつまで続くのだろう?
    旅に納得したら終わるのか?何かを見つけたくて旅を繰り返すのか?
    自問自答するが、答えは出ない。

    日本に帰ったら、お金がないのですぐに働かなくてはならないな。

    なんてことを考えながら、僕は浦東空港へとタクシーで向かった。
    バスもあると思うのですが、朝早かったので探す気にはなれず、めんどくさいのでタクシーで。
    上海へは来るたびに景色が変わってきているような気がする。
    上海を中心に、中国は現在、右肩上がりの経済成長をしている。
    そのため沿岸部と内陸では、経済格差が広がってきている。
    雲南や四川チベットで、中国人バックパッカーとよく出会ったが、彼等は皆、北京や上海などの人たちばかりだった。


     今回の旅の4ヶ月は、僕の中では一番、期間が長くなったが、数多くの旅人や現地の人たちに出会い、一緒にご飯を食べたり、酒を飲んだりして、それぞれの旅や人生観を見聞きすることが出来た。
    僕の旅は、僕の価値観は、このような人たちとの出会いによって少しずつ変わってきた。
    このようなことを経験したくて僕は、旅に出るのかもしれないが、それが全てではない。

    やっぱ旅ってスゴイは。一言じゃ言い切れないし、また文字で言い表すことも難しい。
    みんな、求めているのは、一つなんですが、これもまた一言じゃ言い表せない。
    旅って、幸せって何なんでしょうね?

     飛行場に着いた僕は、搭乗手続きを済まし、出発ロビーで待っていたが、それにしても乗客が少ない。僕の乗った飛行機には乗客は30人ほどしかいなかった。
    これもSARSの影響だ。こんなに乗客が少ないのに、出発してしまう飛行機もすごい。赤字ですね。

    上海から大阪関空までは、たったの2時間。時差もありますが。
    機内で自己申告の健康チェックを書き、入国時に体温検査までさせられた。メッチャ平熱の36度5分。
    そして、感染地域からの帰国者へ。と言う、ピンク色の用紙を受け取った。
    そこには、人との“濃厚な接触”は避け、10日間はできるだけ外出をしないように。って書いていましたが、その間の生活の保障は誰もしてくれないので、僕にはそれを守ることが出来ません。
    僕は帰国から3日後、次の旅へ向けて、金を稼ぐため仕事を始めた。


                         --おわり--