メコンを越えて、ラオス入国

    さぁ!行くぜラオスへ。

     チェン・ライを出発したバスは約2時間で、ラオスとの国境の街、チェン・コーンに到着した。
    メコン川沿いに位置するこの街の対岸は、ラオスのフエーサイと言う街だ。

     早速、僕は小さなボートに乗って(20B)メコン川を渡り、ラオスに入国した。
    ついにと言うか、やっとと言うか、僕の旅もタイが終わり、ラオスかぁー。
    タイには結局、2週間の予定が、3週間も滞在してしまったので、ラオスは足早に通過したいと思っている。
    以前、タイからラオスへ入ったときは、チェン・コーンに宿をとっていたので、今回はフエーサイで宿をとろうと思う。

     ラオスのイミグレーション・オフィスで、20USドルをラオスの通貨kipに両替したら、またまた大量の札束かと思いきや、なんと今まで見たこともなかった20,000kip札が数枚ありました。
    何で、10,000kip札じゃないのか、なんて知りませんが、高額紙幣のおかげで、かなり財布が軽くなった。
    僕は、背中には大きなリュック、前には小さなリュックを背負い、あらかじめ調べておいたゲストハウスへと向かった。

    『THANORMSUB GUEST HOUSE』に着き、チェックイン。
    その時、ゲストハウスの人が「明日はどこへ行くの?」と聞いてきたので、
    「明日はルアンパバーンに行く」と言うと、「何に乗って行くの?」と聞いてくる。
    このゲストハウスでは、ルアンパバーン行きのスピードボート、スローボート、トラックのチケットを取扱っていたので、この人は、僕にここでチケットを買ってもらいたいのです。

    (左)タイ側の国境、チェン・コーン (右)フエーサイの橋

    ここでチケットを買うのは、かまわないが、僕はどの手段を使ってルアンパバーンへ行くかは、今とても悩んでいます。
    手段は3種類。トラック、スピードボート、スローボート。
    トラックは以前はなかったような気がする。
    そこで、僕はトラックはどんな感じ?と聞いてみた。
    そしたら、ゲストハウスの女性は「道がハードなのでお勧めしない。」と言う。
    そうか、そしたらスピードボートかスローボートで行くしかない。
    スピードボートは以前乗って、金輪際乗りたいと思わない乗り物なので、絶対イヤなのですが、スローボートは1泊2日もかかってしまう。これもイヤです。
    どちらかで行くかは、夕方に結論を出すことを告げて、僕はフエーサイの街を散歩しに出かけた。

     街と言っても、メインロードがあって、その左右に建物があるだけの小さな街です。
    特に何もないが、特に何もないのがラオスだったなぁー。と以前の記憶がよみがえってきた。
    のんびりしてるねラオス。僕は晴天の下で、人々の様子や、こぢんまりとした街の様子を見てそう思った。
    メコン川のゆっくりとした流れと同じように時間が流れているようだ。
    「こんなゆっくりとした国で、急いでもしゃーない。」
    僕も、そんなラオスの時間に身を委ねることにした。明日はスローボートで行くことに決めた。

     メインロードをブラブラと歩いていると小学校があったので、僕は久しぶりに、“勝手に小学校訪問”してみることにした。
    アジアの子供達の写真を撮ることをテーマにしている俺にとっては、小学校はうってつけの場所だ。
    子供達がどんな勉強をしているかも興味があるし、行ってみましょう。

    校門をくぐり、グランドを横切り、教室のある建家へ向かうと、すぐさま数人の子供達が寄ってきた。
    そんな子供達にカメラを向けていると、それに気づいた他の子供達が、授業中なのか休み時間なのか分からないが、次々と来ます。
    気が付いたときには、僕はすでに数十人の子供達に囲まれてしまっていた。
    子供達は、僕に「サバイディー!(こんにちは)」と挨拶してきたり、握手を求めてきたり、服をひっぱたりしてきますが、別に僕は、親善大使でもなんでもない。通りすがりの、ただの旅人です。

    フエーサイの小学校にて

    写真を撮るときも子供達はとても積極的。
    特に男子は積極的すぎる。遠目には女子が集まっていたので、そちらへ行き、写真を撮ろうとすると、横から男子がなだれ込んでくる。
    そして僕が向きを変えると、また男子がなだれ込んで来て、押し合いへし合いとなってしまって、危うく、将棋倒しになるとこだった。危ない、危ない。
    僕がこれ以上、ここにいると、収拾がつかなくなりそうだったので、僕は子供達に「バイバイ、バイバイ」と言って、さらに先生には、「ご迷惑をかけました。」と深々と頭を下げ、小学校を後にした。
    どこの国でも、子供達は元気だ。

     僕は、来た道を引き返し、ゲストハウスへ戻り、明日はスローボートで行くことを、宿の人に言い、スローボートのチケットを買った。(620B 船着き場までの交通費込み。)
    なお、自分でチケットを取った場合は560B。

     夕方、僕はメコン川沿いの道を歩いていた。
    川沿いにある、ダーツゲーム屋台で遊んだり、川で遊ぶ人々を眺めたりと、夕日によって、赤く染まった、家や道そしてメコン川をとても清々しい気分で歩いた。
    当分、チェン・ライに居ようかとも思ったけど、今日ラオスに来て、良かった。
    僕の中で、蓄積された不純物が洗い流されたようだ。

    1USドル=約10,520kip
    1B=約250kip




    ラオスのスローボート

     朝8時に起きて、ゲストハウスの受付へ行くと、8時半に戻ってくるようにと言われた。
    スローボートに乗るには、パスポートを一旦預けて、チケットと一緒に返してくれるらしく、僕も、その通りにパスポートをゲストハウスの人に預けた。

    近くの食堂で朝食のラオス風うどんを食べた後、僕は売店で船の中で食べる食料と水を買った。
    調べによると、スローボートでは昼食休憩がないらしく、ここで準備をしておいたほうが良いということだ。
    食料といってもパンとバナナ4本を買っただけですが、明日の分は途中に宿を取るパクベンで買えば良いと思っている。
    少し遅れて戻ってきた僕に、ゲストハウスの人が「9時には行くから」と言う。
    トイレを済ました僕は、リュックを背負い、バイクの後ろに乗って、船着き場へ向かった。

     船着き場へ着くと、川にはたくさんの船が待機している。
    これがスローボートなのか。僕はもっと小さい船だと思っていましたが、思っていたよりも大きい。
    ゲストハウスの人が、パスポートとチケットを持って、僕の元へやって来た。
    「あなたが乗るボートは65番よ。」と教えてくれたので、僕は65番の船を探し、それを見つけ、コンクリートの船着き場に座って待っていました。
    やがて、ポツポツと人が集まりだし、65番ボートに乗ったのは、僕を含め14人です。
    日本人はいるかな?と見渡したが、日本人は僕一人だけでした。

     ボートは出発予定時刻の10:30になっても出発する様子はない。
    もっと人が集まるまで待つのだろうか?そして船の中で待つこと1時間。
    結局、僕達14人以外は誰も来なかったので、この人数では、このボートでは大きいということで、小さなスローボートに乗り換えた。
    これでやっと出発か?と全員が思ったに違いないが、スローボートだけに出発もかなりスローだ。
    結局、スローボートが出発したのは、AM11:55。かろうじて午前中に出発する事が出来た。

     スローボートは僕が想像していたよりも速いスピードで、メコン川の流れに沿って進んでいる。
    天気も良く、川から見る景色は良かったのですが、このすばらしい景色を1日中、そして明日も見ることが出来ると思うと、ありがたみが薄らいでゆく。最初のうちは、みんなそろって景色を眺めていましたが、やがて、船内の乗客は、各自の時間を過ごすようになった。

    読書をする者、ゲームボーイをする者、クロスワードパズルをする者など、最初はみんな、きちんと座っていたのですが、時間が経過すると、だらけてきて、寝転がる者や足を伸ばす者など、各自の体勢をつくり、だらだらと時間をつぶしています。
    スローボートと川岸の子供達

    僕も最初のうちは、板のイスに座って、チェン・ライで買った、少数民族の本を読んでいたが、やがて、足を伸ばすようになり、朝買ったパンやバナナを食べたりしながら読書を続けた。
    読書に疲れたら、メコン川の景色を眺めながら、タバコを吸ったりと気分転換をして、再び読書。

    スローボートはスローだけあって、時間をもてあましますが、あのケツが痛く、窮屈な姿勢のスピードボートよりかは、かなり快適です。
    そして、スローボートはラオスの風景に違和感なく、とけ込んでいる感じですが、スピードボートは爆音を轟かし、メコン川の静寂をブチ破る。
    僕達がダラダラと気だるく船内で過ごしていると、どこからともなく爆音が響き渡り、あっさり抜かされますが、あの競艇のような姿を見ると、やっぱりこっちにして良かったと思う。
    ゆっくり行こうよ、ラオスなんだから。

     出発から約6時間後、太陽が山の中へ隠れはじめた午後6時頃、今日の目的地パクベンに到着した。
    船から降りると、先に降ろされていた、僕のリュックを荷物運び屋の兄ちゃんが勝手に運び出した。
    「おいおい、自分で持つから。」と言うが、兄ちゃんは聞く耳持たず、このゲストハウスにしな。と言う。
    どこのゲストハウスも、ここと同じように、木造であまりキレイそうもないようなので、ここにチェック・インすることにした。
    宿代は1泊=100Bで、扇風機と蚊帳が付いていました。

    俺をここまで連れてきた荷物運び屋の兄ちゃんは、俺の荷物を奪うようにして、勝手に荷物を運んだくせに、あつかましくも、「金をくれ。」なんて言ってきます。イヤに決まってるやんけ。
    ヤツは30Bを要求してきたが、荷物を運んだだけで、30Bはもらいすぎなので、こっちも言い返す。
    結局30分も言い争いをして、俺が折れ、20B紙幣を2枚渡したら、ヤツはトンズラこいてお釣りを渡さず。
    結局40B(120円)も払わされてしまった。
    夕食を食べた後、明日の食料(パンとお菓子)を買って、部屋へ戻り、シャワーを浴びずに寝た。

    (左)川岸に乗り上げたボート (右)サンハイ村にて

     翌朝、僕は印象が悪いまま、午前8時半にパクベンを出発。
    今日はルアンパバーンに到着だ!Let's Go!なんて気合いが入っている者は1人もいない。
    景色は昨日と同じでのんびりしてるし、船内も昨日と同じで、全員がダラダラ。
    僕もパンを食べながら、読書をしたり、タバコを吸ったりと昨日と全く同じです。
    唯一違うのは、天気が昨日は晴れだったが、今日は曇りな、くらいです。

    「あかん、ヒマすぎる。」船内の乗客の全員がそう思ったことだろう。
    こんな時に、少しアクシデントがあれば楽しいのですが・・・
    こんなこと、大したことじゃないのですが、今の僕達にとっては、これで十分だった。

    川岸で休憩を終え、さぁ出発だ。とスローボートに乗り込んだが、船は浅瀬に乗り上げてしまい、出発できなくなり、船を押さなければならなくなった。
    この状況に、僕達乗客の男共は、船から降り、かけ声を掛け合いボートを押す。
    女性達は、そんな僕等に声援を送る。
    そして無事出航することが出来、僕達は安堵の表情で、みんなと見合った。

    こんなこともあり、僕達14人には少しですが、まとまりが出来たのか、14人のうちの1人、タイ人女性旅行者が、THAM TINGと言う洞窟に寄らないか?とみんなに持ちかけてきた。
    すでに船員とは話がついているらしく、タイ人の女性が欧米人の男性に話し、この男性が僕らみんなに承諾をもらいにまわった。
    僕は以前に行ったことがあったけど、俺一人が「NO」と言ってもややこしくなるだけなので「OK」と言った。

     そして午後4時頃にTHAM TINGに到着。
    洞窟の中には、たくさんの仏像が安置されています。
    僕は一番最初に見る、一番見応えがある場所だけを見て、その後はみんなに付いて行くことなく、川岸にの階段に座って、みんなの帰りを待っていた。

     ここを出た後、これもタイ人女性の提案だと思うが、ルアンパバーン近郊のサンハイ村に立ち寄った。
    この村に寄ることは、僕を含め、誰も聞いていなかったらしく、20Bの運賃も取られたこともあって、不機嫌な人もいました。

    THAM TINGにて

     そして、午後6時前にようやく、スローボートはラオス第二の街、古都ルアンパバーンに到着した。
    僕を除く、13人の乗客は、ルアンパバーンに近づくにつれて、ガイドブックと睨めっこしていましたが、僕にはそんな物なく、船を降りて、1人歩き出した。
    スローボートが到着した場所は、ほんと街中の船着き場だったので、スピードボートの時のように、トゥク・トゥクに、乗ることもなく、船着き場から出ると、以前ここでボケッとしていた場所だった。

    こんなところに夜市が出来てる。前はなかったよな。なんかとても華やかになっている。
    僕は以前泊まっていたゲストハウスへ行くが、あいにく満室だったため、同じ通りのゲストハウスへ。
    この通りも、前に比べて、旅行者を対象とした店などが多くなっている。
    部屋に荷物を置き、僕は早速、夜市へ行き、そこで夕食をたべた。

     最初は1泊2日もかけてルアンパバーンへ行くのが、ものすごくめんどくさく思っていたけれども、メコン川の流れと共に、ゆっくりと進んで行くのが、とても心地よかった。
    スローボートの旅は、とても楽しかったです。